Page-15 (2023-Vol.1   )
コロナ禍明けに行われた習志野空挺団の”降下始め”、学生時代は自宅が近くにあった為、演習場付近へ行くことも多かったが、もう何十年もご無沙汰である。此処では毎年1月に陸自精鋭の第一空挺団のパラシュート降下訓練を演習場を一般に開放して披露する。しかもパラシュート降下は訓練展示形式で行われるため、走行車両も多数参加して空地一帯の模擬選が見られるため、大勢のファンが押し寄せるのである。前回私が行った年は何年か覚えていないが、記憶では61式装甲車が参加していたので、かなり昔であろう。最近では16式機動戦闘車が此処のトレンドである。戦闘ヘリはSH-64Dが九州集中配備となった為、AH-1Sが再び主役に躍り出た。
↑ ここの演習場では20㎜機関砲の実弾射撃は無い為、東富士演習場の時の様な機関砲ターレット下部に薬莢受けを付ける事は無い。今回参加のAH-1Sは、773467/73490の2機だった。
↑ 習志野演習場の入り口付記に駐機し、エンジンテストを行っていた木更津駐屯地 第4対戦車ヘリ隊のAH-1S/73490 90号機。朝早くから長い列を作って演習場入場を待つ、その列の脇に2機は舞い降りてきた。
Wings
↑ TOWミサイルの4連装ランチャーは最大4つ(TOW 16発)まで付ける事が可能であるが、AH-64のヘルファイアーミサイルのように連続撃ちが出来ない為、戦場では16発を使い切ることは難しいと考えられる。現在のように携行型の対空ミサイルやドローンが飛び交う戦場では、TOWの様な有線誘導ミサイルでは、目標に当たるまで機体の大きな移動が出来ないので極めて危険である。限られたチャンスをつかみ、1発のミサイル発射で戦場から迅速に離脱できなければ命取りとなりかねない。
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↑ 2023年6月の館山基地航空祭に参加した第4対戦車ヘリ隊のAH-1S/73461。 61号機は、2007年には明野の第5対戦車ヘリ隊にいた機体。
↑ 機首のターレットについているM-197 20㎜機関砲。機関銃と機関砲の違いは使用できる弾の種類である。砲の場合、通常の徹甲弾の他に、弾に炸薬が入って爆発するような焼夷榴弾(有効殺傷範囲2m)や自爆機能付きの多目的曳光弾を使う事ができる。”73467”と機番が書いてある場所が弾薬の入っている給弾庫で750発の機関砲弾を収める事ができる。
↑ AH-1Sの模擬戦での出番は、年によっても異なるが、大凡2回~3回。演習冒頭に敵の侵入があった時に先制の威力偵察と牽制の為の飛行、次は味方のヘリボーンを援護する為の飛行、最後は敵殲滅の総仕上げで火力支援をする為である。
↑ 冒頭の駐機場所を起点に、演習場の中心部へ攻撃態勢で飛来するコブラ。2枚ローター特有のバタバタというベルノイズを立てながら、低空で接近してくる姿が頼もしい。
船橋市の住宅地の中に忽然と広がる習志野演習地、実際来て見ないとイメージできないだろうが、演習地の周りは360度市街地が隣接している。歴史的には、旧帝国陸軍の練兵場として人里離れた原野に造った演習地だったが、都市化が進んで市街地に囲まれてしまった・・と言うのが事実である。習志野と言うのは、「志に習う」という意味で明治天皇が命名された土地であった。空挺演習が始まったのは1955年からである。